ニュージーランド日誌 第0日目

天皇陛下の生前退位により新しい時代を翌年に控えた平成30年(2018年)秋。
皇太子殿下が新たな天皇に即位する日が5月1日と決まり、政府が提出した祝日法改正案は衆参両院で可決され、新たな時代の始まりとなる5月1日はその年に限り祝日となった。
それに伴いみどりの日である4月29日、憲法記念日である5月3日に挟まれた4月30日と5月2日は「 前後が祝日である平日は、国民の休日となり、休日となる。 」という国民の祝日に関する法律の定めにより休日となった。
10連休の誕生である。

毎朝新聞 2019年5月25日朝刊

平成30年の秋。
天皇陛下の生前退位と改元に伴う10連休爆誕の可能性に私は浮足立っていた。
幸いにしてカレンダー通りのビジネスパーソンな私。
この好機を逃す手はない。
天皇陛下の国民統合象徴としてのお務めへの感謝と新しい時代も新天皇と共に日本国民と世界の人々と共に歩んでいくという決意のもと海外渡航を決めたのであった。
改元という国家の変革期に国を離れることを非国民だと言う人もいる。
いや、違うのである。
あえて祖国から遠く離れることにより日本、祖国の尊さを知ろうというのである。

政府与党に全幅の信頼を寄せる私は祝日法改正案が可決される2ヶ月前にニュージーランドへの航空券を購入した。

それから宿を予約したりレンタカーを予約したり国際免許を取得したり買い物をしたり数ヶ月に渡ってダラダラ準備をして出発当日を迎えた。

今回の日程は平成31年4月26日(金)夜に出発し令和元年5月6日(月)夜に帰ってくる11日間。
一度家に帰る時間はないが羽田を夜発なので仕事を休むほどでもなく、会社からそのまま直行することにした。

そして迎えた4月26日(金)。
余計な仕事が発生したら大変と定時を迎えると同時に会社を飛び出した。

そのまま羽田へ行ってもよかったのだが、乗り継ぎのシンガポールを経てニュージーランドのオークランドへ着くのは日本時間で翌日の夜。
飛行機に乗る前にお風呂に入っておこうと京急の空港線を糀谷で降りて銭湯へ。

平成の日本で入る最後のお風呂だった。
(脱衣所でロッカーの扉に頭をぶつけてとても痛かった。)

10連休の到来と言うことで混雑を恐れていたが、羽田空港は思ったより静かだった。
出国する日本人より帰国する中国人が多い印象。
別送していたスーツケースを受け取りシンガポール航空のカウンターへ。
ネットでチェックインは済ませてあったのでスーツケースを預けて搭乗券をもらうだけのことと思っていたが、予想外の事態が発生した。

予約に問題はなかったようなのだが、パスポートの読み取りがうまくいかない。
カウンターのお姉さんがなんども試すが「あれ?」と首をかしげるばかり。
異変に気がついて隣のカウンターのお姉さんもやって来て試すがうまくいかない。
さらに他のお姉さんがボロボロになった孫コピーみたいなマニュアルを引っ張り出して来てあれこれ試すが、それでもパスポートが通らない。
しまいに「ニュージーランドのビザは取得されていますか?」などと聞いてくる始末。
観光でニュージーランドへ行くのにビザはいらないので当然そんなの取ってないので「ないです。 」と答えたら「あぁそれで通らないのかもしれないですね。」とやや納得した表情するのでかなり不安になる。
最終的に「大丈夫ですよ。」とさっきで何がダメでどう大丈夫になったのか分からないまま搭乗券を渡され送り出された。
無責任だなと思いつつも常日頃から「多分大丈夫、知らないけど大丈夫」と人に言っている報いなのだと受け止めることにした。

出国審査は自動ゲートが導入されておりパスポートを読み込ませカメラで撮影され終わり。
出国のスタンプも押されない。
手続きがスムーズなのは良いことなんだけど、スタンプが押されないのはちょっと寂しい。
あと到着地で「日本を出た記録がないぞ」とかならないのか少し不安になった。

ちなみに本旅行で最も焦って瞬間が羽田でのチェックインだった。
この後は帰国まで平穏な時間が淡々と流れる。

そしてシンガポール航空である。
シンガポール航空でシンガポールに行くので実質的によりもいである。

飛行機に揺られる(ストームライダー)こと数時間。
早朝のチャンギ国際空港に降り立った。

平成最後のお風呂は天然温泉
世界に名だたる京浜急行で羽田空港国際線ターミナルへ
ホームまでカートを持ってくることができる。
文字が小さく分かり難いが22時55分の便に20時55分には搭乗口にいる定時運行への意識が高い私。
平成もまもなく終わり。